作劇「しずく、モノクローム」

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 第8話「しずく、モノクローム」はサブタイトルの示す通り桜坂しずくのお当番回だ。しずくは演じるというパーソナリティがあり、演劇部にも所属している為、劇中劇をを通して話が展開されるというこれまでとはかなり毛色の違う回となっていた。実際、音響としても既存回とは違う作り方*1をしていたらしい。演劇部部長を小山百代が演じている事もあり、レヴュースタァライトを想起した者も多いようだ。

今回はこの「しずく、モノクローム」がこの演劇部部長によって作られた舞台だったのではないかという論を展開していきたい。

29秒の女

一部では29秒の女と呼ばれていた演劇部部長だが、行動としては演劇部の先輩・部長として真っ当な事しかしていない。2話までは基本的に先輩らしく稽古で指導したり誘ったりする程度だし、8話では降板の通知という部長に負わせられがちな役割を果たしている。勿論、黒しずくとしても文句ない演技をしている。表情や仕草からの読み取り方はあるにせよ、まともでちゃんとした演劇部の部長と言えるだろう。

さて、この部長がどのような人物であるかはほとんど明らかにされていない。精々リボンの色から3年生とわかるくらいだ。にもかかわらず、兼部の終了への反応や稽古の連れ出しからそれなりにしずくを気に入っていると取れる描写はある。ここから部しずと取るのはとても自然だ。特にしずかすという関係がある為、第3者の介入が印象に残りやすく意識してしまうのは仕方ない。

しかし、私がここで意識したいのはこの部長が3年生という部分である。部長があの部で舞台に立てるのはもうこの1年しかない。今回の合同での舞台もこれで最後だろう。そこでしたい事とは何か。

もう1人のしずく

今回は舞台がテーマである為、劇中劇と実際のやり取りがしばしばリンクしている。特に劇中劇で主役の歌手が自分との対話をするシーンが白しずくと黒しずくとして回想としても実際の舞台としても描かれている。果たしてこれはどういう位置づけだろうか。この白しずくと黒しずくのやり取りは8話では4度あるのでそれぞれ見ていきたい。

1度目のやり取り

まずこのやり取りは冒頭から始まる。役に乗せてしずくの内面を描写した素直に見てもいいが、この役をしずくが演じるとしたらというシミュレーションでもこうなるだろう。これは配役を決めたり演出をする立場であればしているはずのものだ。今の私ではこうなってしまうというイメージとしても、今のしずくではこうなってしまうというイメージとしてもあり得る。

このシーンが終わるとしずくは校内新聞の取材を受けている。更にその後に部長から降板の通知を受けている。不安に思っていたら降ろされてしまったとも取れるが、時系列順に取ればしずくがスクールアイドル部の活動の間に演劇部内で行われたシミュレーションとも考えられる。アイドルとして取材を受けながら役者として不安に思う事はあろうが、理想のアイドルになりきった時にそう思うものだろうか。あの時点では演じられているという自覚があったとすれば、この場面は部長達によるシミュレーションだったと解釈できそうだ。

2度目のやり取り

ここは降板された事に懊悩するシーンだ。1人ストレッチをしながら過去の自分を役柄に重ねている。実際の舞台では本当の自分をさらけ出してでも歌いたいという黒しずくの主張に続くわけだが、自分を隠し続けてきたという過去を振り返るだけで白しずくは膝をついてしまう。今の自分では役に重なりすぎて十分に役を演じられないという状態に陥っているのだろう。

場面の前後は両方ともしずくが1人でいるシーンだ。こうした点からもこのやり取りはしずく自身の回想と言えそうだ。

3度目のやり取り

3度目は2度目の続きといった趣だが、2度目よりも更に自分に寄せた形になっている。現実で言われた「さらけ出す」という表現もそのまま部長の言葉を使っている。歌手という役とスクールアイドルという自分がないまぜになってきており、結果的に役作りになっている。

また、この時の前後もしずくは1人でいる。特にシーンの前は自ら回想に進んでいくような描写もあるのでこれもしずくの内面だろう。

4度目のやり取り

最後のやり取りは舞台上のやり取りに見える。実際に役として2人が演じられている。しかし、この時だけ身長差がある。しかも18:53頃に初めて身長差が現れたように見える。4度目のやり取りは身長差があるという指摘が為されているが、私は身長差が現れたのはこの時刻からだと思う。何故ならこのシーンで劇伴が変わったからだ。今回の劇伴は舞台音楽として作られている以上、画として連続しているように見えても音楽の切り替えで流れの切り替えを示す事ができる。

シーンの切り替えがあるとしたら何があるか。直前の「待って! 私、それでも歌いたいよ」が鍵になる。これまでのやり取りでは黒しずくは追い込むばかりで何をしたいかが示されていなかった。ラストの歌のシーンの契機となる台詞が言える状態になかったのだ。しかし、その台詞が投げかけられるようになった。初めて物語のラストシーンが描ける状態になったのだ。

この状態を作りたかったのではないか。18:30-18:53の暗転から劇伴が変わるまでの前半のやり取りは理想の状態が挿入されたシーンだったのだ。だから身長差もなかった。実際の舞台ではなかったからだ。そして後半、理想のヒロインとなった桜坂しずくは舞台に立てるようになったのだ。

それぞれのやり取りの位置づけ

まず1度目はしずくが適任だが、今のままではしずくではできないだろうという演劇部の判断だ。今のままやったらこうなってしまうというシミュレーションである。

2度目と3度目はその結論に対してしずくが役と自分を重ねて内面を示すものだろう。役と同様に舞台を降ろされそうになるという経験もさせ、役作りにもなっている。

最後は前半が思い描いていた理想のシーン、劇伴が変わって後半は実際に演じられたものである。

これらはそのまま三幕構成とも照応するのだろう。アバンタイトルが第一幕、中須かすみの告白までが第二幕、そして残りが第三幕である。そう捉えるとこの回そのものを1つの舞台としても捉えられそうだ。

理想のヒロイン

劇中劇と物語が絡みながら描写されるのは舞台がテーマの話なら自然な事である。今回のクライマックスは黒しずくが「待って!」と言う場面だ。その理想を現実化できたのが荒野の雨である。さて、この黒しずくを演じていたのは誰か。演劇部部長である。あの台詞を言わんが為に今回の行動があったのではないだろうか。役柄と同じように一度は舞台から落とし、本人が持参したネックレスを許容する。全てはこの理想のヒロインを実現する為である。

そもそも今回の舞台はあまりにしずくに寄せたものになっている。まるでしずくの人となりを知った上で作っているかのようだ。劇中劇の使い方としてそうなるのはままある事だが、この回そのものが舞台だったと考えるとどうなるだろうか。配役に脚本に小道具に衣装にセット、全てに寄与しうるのは誰か。校内新聞の取材にしても話がまず行くのは誰か。人一倍今回の舞台を最高のものにしたいと思うのは誰か。これら全てに部長が当てはまる。すなわち「しずく、モノクローム」が桜坂しずくを理想のヒロインとする演劇部部長による作劇だったのだ。