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咲-Saki- 第144局[烈火]

もいっこカンや!!

末原恭子


いよいよ持って後がなくなってきた有珠山。大将の爽は能力を使う。だが、それを察知した咲の様子から状況を察してオリに走る末原。それでも未だチャンスがあるかに見えた爽だったが、ネリーが嶺上開花を見せるであった。


気になる所は3つ。爽の五色雲とカムイの能力、ネリーの嶺上開花、そしてセンサとして機能する咲である。3つ目はおまけのようではあるが、咲というキャラクタをどう見せていくかという点で大事になっていくかもしれない。


まずは爽の能力から見て行きたい。もう各所で話題にされているが、五色の雲はアイヌ神話天地開闢に現れるものだろう(天地開闢 (アイヌ神話) - Wikipedia)。雲の種類に応じてツモが変わるものと思われる。今回は赤い雲を使い、赤は宝物だからなのか、字牌をツモっていった。また、この赤い雲の能力は地方大会でも使っていたようだ。なお、五色の内黒と黄色は既に使ってしまい、戻っていないそうだ。

五色雲の能力は恐らくツモの確率を上げるだけなのだろう。原型を考えてもどういった指向性のものになるか程度が適当に思われる。実際、大三元を張ったのは偶然であるかのようだったし、特定の役を上がる為に特定のツモをするのではなく、特定の牌をツモりやすい為に特定の役を上がりやすくなっているだけだと考えられる。咲では特定の役を上がりやすいタイプは極端に打ち方に特徴が出るという傾向からもこれが支持されるだろう。また、雲を投げる対象は任意に決められるらしい。能力の発動タイミングは配牌前のみなのかは不明だ。

カムイの方も複数種類あるらしく、こちらも連れてきたもののようだ。今回末原に使ったものは寿命の支配者(パコロカムイ)というそう。自分の上がり牌を掴ませる能力のように見える。なんだか姉帯さんっぽい。

それでこのカムイというのはアニミズム的な神の事だ。パコロというのはパ・コロに分解され、パは季節や疱瘡、コロは支配するという意味らしい(CiNii 論文 -  アイヌの疱瘡神「パコロ・カムイ」に就いて(下))。金田一京助などはパコロカムイをして歳神としていたようである。金田一の書物を読めば今後登場するカムイも予想できるに違いない。


さて、ネリーの能力についてだ。爽が張っていて次に上がれそうな事まで察知した上で嶺上開花を上がっているようである。一連の流れではあったが、他家の和了察知と自分の嶺上開花の察知は別の能力かもしれないし、また異なった能力の表現形の1つかもしれない。ただ現時点でわかるのは嶺上牌が見えているであろうという事だけだ。


そして、センサとしての咲だ。他者の能力発動を察知できない末原は咲をそのセンサとして使おうとしていた。咲は明らかにオカルト側であり、対局相手が強力な能力者であればある程、瘴気を帯びたオーラから恐怖を感じ取っている。恐らく今回のカムイだって見えていただろう。そう、咲を映せば何か起きている事自体は分かってしまうのだ。

麻雀にしろ、カードゲームにしろ、勝負事の話を作る場合に勝つ事が決まっている人の手の内は明かせない。どのように勝つかを先に明かしてしまったら話として面白味がなくなってしまう。だから映せない。咲でもしばしば見られる光景だ。しかし、咲を映すと他者の能力まである程度は明らかになってしまう。その結果、能力を今すぐに見せてもいい相手以外の行為に対する咲の反応は見られなくなる。こだわりを散々描写したカン周りへの反応に限られてしまいがちになる。まるで照魔鏡のようになっていってしまうかもしれない。



そんなわけで濃密な第144局。次号救済の為、7月中旬までおあずけだ。