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放課後のプレアデス 第9話「プラネタリウムランデブー」

忘れなくては帰れないし、忘れるからこそ、今この景色を楽しめる

みなと


文化祭はそれそのものより準備期間の方が楽しいなんてよく言う話だ。時間に追われながらも、気楽に何かを作って、できていく様というのはアニメとして見ても楽しいものだろう。

しかし、プレアデスは何にもなれない女の子が何かになっていく物語である。途中で何かを予定通り完成させてしまえない。劇だって当初の計画とは配役が変わってしまった。文化祭でも同様に、準備をして、プラネタリウムが完成をさせて、文化祭当日を迎えるといったふうにはならない。

そこでスケールを変える。空間も時間も宇宙の理を超えた世界を見に行く。これはプレアデスではよくある形式であって、スケールは違うが何らかの例示として使えるような世界へ飛んで行くのだ。そうして話は進むが、確定せず、変わっていける状態になる。だから、涙は流れても記憶は残らない。

一方で、みなとはどこにも存在しないという形で確定してしまった存在なのだろう。何にも干渉できないからこそ何でも、魔法ですら使える。理を超えても記憶は失われない。物理的には死亡していたり意識不明になっていたりするのだろう。そう考えると、何にでもなれるすばるがみなとを何かになれるように変える存在になるという物語の終わりが見えてくるようだ。実際どうなるのだろう。